猫背を直したい

恥ずかしい

キッチンクレソン【南武線南多摩駅】

私は小汚ない定食屋が好きだ。

昭和の時代からやっていて、昼から酒も呑めて、煙草も吸える、そんな年季の入った店が好きだ。 

外で昼御飯を食べるときは、決まって「駅名+定食」で検索し、店内のレビューを見て一番老舗っぽい店を選びそこへ向かう。

 

先日も南多摩駅で昼過ぎに用事があり、一度も降り立ったことがない駅だったのでいそいそと昼食処を検索した。

何件かヒットしたので、レビューを見つつ隣同士の立地の洋食屋と中華料理屋の二つに絞る。どちらの店も昔からあるお店のようで、昼御飯前の空っぽの胃袋でどちらかをチョイスするのは大変難しい。

お店の前まで行き、フィーリングで選ぶことにした。

 

駅から歩くこと約5分、川崎街道に面するその三角形の区画には、和風居抜きのインド料理屋と中華料理屋と洋食屋が固まっていた。グローバルである。

中華料理屋と洋食屋の前を反復横とびしながら店構えを舐めるように観察する。どちらからもおいそうなオーラが垂れ流されている。悩ましい。悩ましすぎる。

私は悩んだ末、外からでは店の中の様子が全く予測不可能であり、その扉にかかった小さめのホワイトボードに震えた老人の文字で「日替わりランチ500円 ごはん・味噌汁・お新香付」と記してあった洋食屋をチョイスした。

 

 

仲が好い同行者と怪しげな店に入るとき、私は大抵特攻隊長を押し付けられる。入店する直前まで店長や雰囲気をそこまで気にしないので、レビューではほぼそれらを確認せず流し読みする。いざ入店するぞと扉に手をかけようとする段になって初めて緊張の波がどっとおしよせ冷や汗がビュッ!と噴出するのだが後戻りはできない。そんな体験を何回もしてもなお店長や雰囲気をあまりリサーチしないので、深層心理では癖になってしまっているのかもしれない。

 

ドアを開けると薄暗い。よく晴れた日に訪れたので、目が慣れるのに一瞬時間がかかった。すえた臭いが鼻につく。母校の近所にあった今は無きラーメン屋の端に座っていた、大将の家族の老婆を思い出した。

 

店内は想像より狭く、10席ちょっとしか無かった。

店の左半分は壁際にまるでスナックのようにこぢんまりとしたソファーとテーブルが配置してあり、もう右半分はL字のカウンター席に、バーによくある背もたれがとても低い丸椅子が並んでいた。ソファーにもカウンターにも、少し黒ずみかけた、毛玉だらけの花柄のキルト生地でできた、椅子にぴったりのカバーがかけてあった。

ドアのガラスのほとんどの部分には装飾用の黄色いフィルムが貼ってあり、外からの光はデザインでフィルムを貼らずに開けてある二本のライン分からしか入らない。橙色がかったいくつかの控えめな電灯が、その店内を照らす大きな役割を担っていた。

 

その薄暗い店内は、まるで色褪せた昔のフィルム映画の中に入り込んでしまったかのような錯覚を私に抱かせた。

 

 

私はお一人様で入店したのですぐにカウンター席に座る。

カウンターの中には汚れ一つ無い真っ白なシェフ帽とコック服を纏った少し腰が曲がった主人がおり、私が着席すると無言ながらもすぐに水とお手拭きを出してくれた。

私は店内のホワイトボードに「ハンバーグステーキ」と震えた字で書いてあるのを確認した。おそらくそれが日替わりメニューだと考察しつつ「日替わりランチでお願いします」とシェフに告げ、店内を見回した。

先客は作業着を着た男性とスーツを着たリーマンだけで、店のBGMはお昼のNHKニュースだ。

カウンターには震えた字で書かれた手書きメニューと三角に折られた紙ナプキン、レトロな灰皿とこれまたレトロな箸袋に入った割り箸が並んでいた。箸袋には植物を模したマークがライン上に並んだイラストの上に「食後にコーヒーはいかが」という謳い文句がレトロな文字で書かれており、初めて見る袋だったので持って帰ろうか少し悩んだ。

メニューはステーキやカニクリームコロッケといった洋食の王道メニューで、全てにスープとライスがついているがほぼ全てが1,000円未満だった。安い、安すぎる。この老人シェフは普段年金で暮らしており、儲け度外視の趣味でクレソンを営んでいるのではなかろうか、なんて心配になってしまった。

 

ペチペチとハンバーグを叩く音が聞こえ、ジュッという音共に肉が焼ける良い香りがしてきた。

いつの間にか「すえた臭い」は気にならなくなっていた。

 

 

先客二名に日替わりランチらしきものが出されてしばらくした後、私の前にもほぼ無言でご飯と味噌汁、おつけもの、メインのプレートが提供された。

味噌汁はお揚げとワカメのシンプルなもの。だしの素がきいていた。美味しい。

おつけものは大根とキュウリの浅漬けで、キュウリはこれでもかというほど浅く漬かっており、ほぼ生のキュウリそのものだ。でも薄味で美味しい。

メインのプレートはスライスされたキュウリが三枚扇状に乗せられたキャベツサラダと、手作り感溢れる薄めのハンバーグにデミグラスソースがたっぷりとかかっていた。ハンバーグは大変ジューシーで、デミグラスソースをつけてもそのままでも大変美味しい。柔らかすぎず硬すぎず、シェフの素晴らしいペチコネ加減がきいている。食べているうちにデミグラスソースと肉汁がサラダの方に流れていき、キャベツと絡み合う。これもまた美味しい。

わたしはボキャブラリーが貧困なので「美味しい。」としか表現することができなくて大変申し訳ないのだが、どの品も大変美味しく、店の古い映画のような雰囲気もまたその美味しさを高める要素の一つになっていた。

 

プレートに残ったソースもご飯に絡めて完食し、一息ついてから会計する。

明朗会計、500円。最初、店の外のホワイトボードを見たときは安すぎるのでてっきり税抜きかと思いきや、500円ポッキリだった。原価だけでも500円を越えそうだ。しかも、12時代で飲食店の来客はピークであるはずなのにも関わらず、客は私含めて3人。経営が心配になってしまう。先程も述べたが、シェフは年金を貰っている年だろうし、既にこのレストランは「老後の趣味」の領域なのだろうか。

どちらにしても、10年後にはきっともうなくなってしまっている食堂の一つだろう。

 

南多摩駅に用は無くともこのお店にはまた来よう、そう思えた素敵なキッチンだった。

 

 

 

キッチンクレソン
東京都稲城市大丸512-12
https://tabelog.com/tokyo/A1327/A132703/13080044/